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熊本便り 27

 

  「地域って、ほんとに大切です」

 「先生」         

 そう呼びかけられると、なにかを思い出したように義父は「はっ」とした表情をみせる。わたしたちがいくら「おじいちゃん」と呼びかけても、なんら反応がないのに、である。

 ここは、町内にある特別養護老人ホーム。昨年めでたく100歳を迎えた義父が2年前から入居している。町内にあるので、職員も入居者もみんな顔見知りで、義父を若いころから知っている。職員はもちろん、義父が地域で獣医としてばりばり働いていたころ、まだ子どもで、りりしかった義父の姿を覚えているのである。だから、「先生」と呼びかけるのだ。

 認知症をわずらっている義父も、昔のたいせつな記憶はまだ残っているらしく、「先生」と呼ばれると、若かった自分を思い出すのだろう。「はっ」とする表情は、瞬時に正気のそれに戻るのである。

 なんといい介護なのだろう、としみじみ思う。都会では、どんなに手厚い介護と言っても、こうはいかない。そのひとの若いころの姿を知っている介護者は、ほとんどいないに違いない。わたしも、義父の介護をみることがなかったら、それが当たり前だと思っていた。しかし、そのひとの若いころを知っているひとがお世話するのは、やっぱりいい。

 そのホームが、ひとつの大きな家族のようで、いつもあたたかい雰囲気があふれている。お互いに知り合いなので、自然、介護もやさしいふるまいになる。こんなホームで最期を迎えられたら、本当に幸せだと思う。

 じつは、このホームには「先生」と呼ばれるひとがもうひとりいた。わたしの小学校のときの先生で、99歳だった。そう、ほんの数日前、亡くなられたのだ、このホームで。

 「本当に、ホームがひとつの家族のようで、あたたかく、でも、家族にはできないようなことまでやっていただいて、至れり尽くせりでした。最期の最期までおせわになりました」

 もう70歳をすぎている娘さんが、感慨深そうに話される。

 「寝たきりになっても、ずっとおせわになりました。わたしたちでは面倒見切れませんしね。地域のホームでなかったら、こうはいかなかったと思います。母も安心して、ゆたかな老後を送れました、『先生』とみなさんに最後まで呼んでいただいて。きっと、母がもっとも輝いていたときを思い出して、満足だったと思います」

 「地域って、ほんとに大切なんですね。若いころはわずらわしいと思ったこともありましたが、最期は地域です」

 理事長が地域で開業している内科医なので、ホームで看取ることも可能なのだ。しかも、その先生はていねいで、だれにもやさしく、地域で信頼されているのである。

 わたしは、ときに学習会などで「子育てにとって、地域がなくなったのはとても大きく、子どもにもあまりよくない」と話しているが、老人にとっても地域がなくなるというのは、さみしいことなのである。

 「うーん、わたしもここで面倒見てもらおうかなあ」と言ったら、

 「職員だって、みんまそう思っているんです。そうかんたんには入れませんよ」

 と、スタッフのかたにしっかりくぎを刺された。

 

 

 

徳丸 のり子 

 

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