
一昨日の仕事帰り、ふと夜空を見上げると大きな月が煌々と辺りを照らしていた。
今夜は十五夜だ、下弦上弦だの新月だの、月の満ち欠けをよく口にしていた父。そんなことにはさっぱり興味のない私に「今日は月がきれいだぞ」と伝えるだけの電話がよくきていたけれど、最近は電話もメールもほとんどない。
老親二人が住む遠く離れた実家へ帰ることに少々疲れを感じていた矢先だったが、なんとなくその夜の月の光は、父のことを私に思い起こさせた。
そう、その美しく大きな月はスーパームーンだったらしい。
翌朝、母から電話があった。なんとあれだけ頑な父が、運転免許証を返納すると言い出した、というのである。
一家の大きな悩みでもあった「父の運転」。本人は大丈夫だと言うがいつ何が起きてもおかしくはない状態だ。事ある度に返納を勧めてきたが、時に怒りだし、むきになって運転する父。高齢者講習で褒められことが拍車をかけ、誰の言うことも聞かず一向に止める様子はなかった。近所のスーパーへワンカップを買いに行くだけとはいえ、父が車で出かけた後、一人残される母の心配は耐え難いものだ。まさか自分から返納を口にするなど予想もしていなかっただけに、母の電話は興奮状態でとても明るかった。
サラリーマンの営業時代は東北6県を車で走行。運転が好きで自信もあった父。「運転を卒業したらいよいよ何もできなくなる…」とつぶやいていたことも知っているが、このまま人さまを傷つけることなく無事故で返納できたとしたら、私はきっと父を誇りに思えるだろう。そしてそれは、あの夜のスーパームーンから授けられたプレゼントだと。
父の返納には、私が付き添うことにしている。最後のドライブは国道沿いの免許センターまで。帰りは私がハンドルを握る。父の63年間を心から労うつもりだ。
by マンペンライ