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熊本便り 16

 巨星が落ちた

 

 ここに1枚の写真がある。20代のころの石牟礼道子さんである。笑顔がじつに美しい。石牟礼さんは胎児性水俣病の子どもたちを前にして、透き通るような笑顔を見せている。

 210日、寒い朝。熊本が誇る世界的文学者、石牟礼道子さんがついに召された。90歳だった。パーキンソン病に苦しみながらも、死の直前まで絞り出すようにことばを紡ぎつづけてきた。

 同じ熊本県に生まれながら、恥ずかしいことにわたしは水俣病についてくわしく学ぶことはなかった。学ぼうと思えば、すぐ近くにそれはあったはずなのに、愚かなわたしは見向きもしなかった。ひとえに、わたしの不徳の致すところなのだけれど。ずっと後になって、会わせたい人がいる、と知人に言われ、それが石牟礼さんだったのだが、そのときも会えずじまいだった。

 石牟礼さんは、「のさり」「のさる」という考え方を大切にしたひとだった。「のさり」とは、天から与えられるものという意味で、水俣病も究極的には「のさり」なのだと。水俣病を単なる公害病ととらえるのでなく、もっと深いところで人知の及ばないちからが働き、天の配剤だったのだと。そして、苦しむ患者や漁師を決してみじめな存在ととらえるのでなく、荘厳な光を放ついのち、と深い敬意を払っていた。だから、内容に反して、『苦海浄土』のことばは美しく、光を放っている。

「水俣のお年寄りは子どもをほめるときに『魂の深い子じゃね』と言います。『勉強ができる子』とは言わない。要は、人様を思いやることができるのかどうか。そういう心根の優しさをどうやって身につけていくかでしょう」(石牟礼語録より)

 石牟礼さんこそ、魂の深い深いひとだった。なにがあっても決してぶれることなく、しなやかで強靭で、弱いひとの傍らで、ひたすら寄り添いつづけてきた。水俣病の患者さんにとって、そして多くのひとにとって、大きな大きな星だった。

 水俣病を語れるほどにわたしはないけれど、ひとつだけ言えることがある。石牟礼道子さんは、わが熊本に「のさった」ひとだったのだと。いや、日本に、世界にと言ったほうがいいかもしれない。水俣病とともに、「のさった」ひとだった。

 最近の石牟礼さんの写真もある。20代のころのような凛とした美しさはないけれど、しかしやっぱり美しい。まなざしがやさしくてあたたかで、どこまでも美しい。

 石牟礼さんの残したものはあまりにも大きいが、せめてわたしもできるだけのことはやりつづけようとしみじみ思う。

 

 

 

徳丸のり子

 

 

 

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