• よこはまチャイルドライン
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「子どもへの支援は日本の未来を創ること」 

上関康樹さん

全国共済神奈川県生活協同組合理事長

――たいへんおせわになっております。今回、ホームページをリニューアルします。そのなかで、よこはまチャイルドラインを応援してくださっている方へのインタヴューページをつくりました。いろいろなみなさんに支えられての活動であること、またその方のひととなりや所属なさっている企業などを知っていただきたいと思いまして。

 

 もちろん、初回は上関理事長だとみんなが申しております。本当にありがとうございます。ご支援いただくようになって7年経ちますが、なぜチャイルドラインを応援しようとお考えになられたのですか?

 

上関 共済事業は、「助け合い」が基本理念です。でも、まず全国共済をみなさんに知ってもらうことが必要です。全国共済は、実は全国にある「都道府県民共済」と同一グループです。神奈川県には県民共済がありますが、他県の県民共済とは一線を画しています。神奈川県では全国共済が、いわゆる他県でいう県民共済なのですが、このことはあまり知られていなくて、よく間違われます。

そういうわけで、知名度アップのために何をすればいいかと考えていたとき、代表理事の徳丸さんに出会いました。徳丸さんは迷うことなく、チャイルドラインと全国共済とは「ウィンウィンの関係」であると明言された。当時、NPOへの支援は一方的で、企業のほうからNPOへの資金提供が主流でしたので、これだとピンときて、支援を決めました。

 そういうわけで、白状すれば、チャイルドラインが何をしているのかもよく知りませんでした(笑)。徳丸さんがベルマーレ協賛時のプレス発表の時、新聞記者にチャイルドラインについて質問され、子どもの育ちには「縦、横、ななめの人間関係」が必要で、チャイルドラインは子どもの周りにいなくなった「近所のおじさんおばさん」の役割を果たす「ななめの人間関係」を創り出すためにつくった、と話されるのを聞いて、なるほど、これこそ我々共済の理念である「助け合い」ではないかと思いました。

 


 

―そうでしたか。でも、縁あって、こうしてご支援いただいていることに感謝・感謝です。理事長の決断は、全国共済の内部ではどう思われましたか。

 

上関 最初は、チャイルドラインのことは理解されませんでした。そのころは赤十字社に寄付していましたが、社会貢献について管理職員に考えてもらいました。共済の三大理念「非営利」「最大奉仕」「人道主義」を具現化するには、何をすればいいのかと…

 それには、組合員への支援も大切だけれど、やっぱり未来ある「子どもへの支援」が第一ではないか、とみんなで話し合いました。子どもたちの成長を見守るのは、すべてのおとなの責任ですから。それで、チャイルドラインをはじめ、ミニバスケット、野球大会、駅伝大会、それに横浜市のスポーツ大会などのスポーツ面だけでなく、絵本や習字大会など文化面でも支援してきました。

 最初はただ単に、「自分たちの仕事(共済事業)に役立つことだけを考えていましたが、チャイルドラインの話を聞いていくうちに、「子どもへの支援は日本社会の未来を創ること」だと気づいて、やらなければならないと思うようになりました。子どもは未来の宝ですから。

 

――さすが、上関さんですね。多くの企業やおとなのかたが上関さんのように考えてくださると、子どもたちも生きやすくなります。

 で、チャイルドラインに支援してよかったと思うような出来事はありましたか。

 

上関 うちは保険と違いますから、営業をやりません。県内で約150名の「普及員」が窓口となり、お客様の自由意志で共済加入手続きを進めますが、いまは家庭訪問をしても家の方にお会いできないことが多いんです。そんななか、ある普及員さんが「全国共済です」と言うと、その家の方が「子どもが学校でカードをもらっていて、知っています」と話を聞いてくださったそうです。チャイルドラインの支援している全国共済は安心だと、信頼感が広がりました。加入にすぐには結びつかなくても、チャイルドラインを支援していることは、普及活動をする上でわれわれの心強い励みになっています。

 また、ある普及員さんは「チャイルドラインのような団体に支援している企業で働くことを誇りに思う」と話しています。うれしいかぎりです。


――それは、わたしたちもうれしいです。「ウィンウィン」と言っておきながら、全国共済さんにはお世話になるばかりですから(苦笑)。金銭的な支援もありがたいのですが、地下ホール「みらい」や会議室なども使わせていただいて、すごく助かっています。

 ところで、理事長の子ども時代の思い出を聞かせていただけますか。

 

上関 私は、横浜生まれの横浜育ち、南区です。子どものころはとにかく、年齢に関係なくみんなで徒党を組んで遊んでいました。子ども同士の世界があり、ルールもあった。

 いちばんの思い出は、ろうそくを持って「防空壕」に探検に行ったことです。こわくて、だけどわくわくして、楽しかったです。防空壕の中で、花火もやったし。

 それから、いまはもちろん危険なので禁止ですが、資材置き場の上に乗って遊んだこともいい思い出です。また、中村橋の稲荷坂の上には米軍居留地があって、アメリカの子どもたちと戦争ごっこをやっていましたね、石なげっこですが。あまり、ガラはいいとはいえませんが、いい時代でした。

 父は、厳しいひとでした。元は船乗りの通信士で、丘に上がったら通信士の技術を活かして電気工事店を営んでいましたので、中学時代から電気工事の手伝いをしていました。「勉強しろ」とは言われませんでしたが、「うそつくな」とは言われ続けた。小学校のとき、障子を破って、いいわけしたら道具箱のふたが飛んできて、左足の太ももにあたって、骨にひびが入りました。いいわけしたのがいけなかった。ひとがいようといまいと関係なく、その場で叱るんです。それほど、父は一本気で、正義感の強い人でした。

 でも、いま思うと、自分も父と同じような子育てをやっているんです(笑)。


――最後になりましたが、これからの夢や目標を聞かせてください

 

上関 やっぱり、まずは全国共済を県民のみなさんに広めたいです。いい共済なので、知っていただいて、利用してほしい。その先に、みんなで助け合い、いい社会をつくっていきたいです。

 そして、考えるのは「子どもへの支援はこれでいいのか」ということです。野球やミニバスも大切ですが、いちばん弱い子ども、たとえば養護施設の子どもたちへの支援も考えていきたい。最近の事になりますが、川崎の中学生殺人事件はあまりにも痛ましかった。おとなとして、責任を感じます。

 子どもたちが健やかに育つよう、チャイルドラインのみなさんや自治体、メディアなどとも協力していきたいと思います。これからも、ともにがんばりましょう。

 

――ほんとうにありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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